チャップリン『独裁者』のヒューマニティーと映画『戦場のピアニスト』

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「私は皇帝になりたくない。支配はしたくない。できれば援助したい。ユダヤ人も黒人も白人も。人類はお互いに助け合うべきである。他人の幸福を念願としてお互いに憎しみあったりしてはならない。世界には全人類を養う富がある。人生は自由で楽しいはずであるのに貧欲が人類を毒し憎悪をもたらし悲劇と流血を招いた。知識より思いやりが必要である。思いやりがないと暴力だけが残る。戦おう。約束を果す為に!世界に自由をもたらし国境を取除き貧欲と憎悪を追放しよう!良心の為に戦おう。文化の進歩が全人類を幸福に導くように。兵士諸君、民主主義の為に団結しよう!」


 これは映画『独裁者』(1940年上映)の中で、独裁者ヒンケルと似ているために間違われた床屋の男(チャーリー・チャップリン)が兵士たちの前で語るラストシーンの演説の一部だ(抜粋)。言うまでもなく映画『独裁者』はヒトラーを茶化したもので、この映画で独裁者を演ずることには相当な覚悟と勇気が必要だったと思う。


 昨日、9月1日は1939年にドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦の火ぶたが切られた日だ。


 1939年夏、1本のニュース映画がドイツで上映され、ドイツ国民には民族的な怒りが沸騰していた。それはヒトラーなどナチスが巧妙に仕組んだ虚構を背景にするものだった。


 ニュース映画では、ポーランドのドイツ人居住区で残虐なポーランド人がドイツ系住民を攻撃し、何千人もの人々がポーランドから避難するというものだった。親衛隊トップだったハインリヒ・ヒムラーが親衛隊を使って自作自演の被害を捏造、それをゲッベルスがニュース映画に仕立てた。ニュースはポーランドによる卑劣な挑発行為にドイツ本国も脅かされていることを喧伝していた。巧妙なプロパガンダによってドイツ国民の間に戦争への機運がみなぎっていった。


 開戦を告げるヒトラーのラジオ演説は「本日、ポーランドが初めてわが領土に対し正規軍による砲撃を開始した。わが国は爆弾には爆弾で報いる。」と訴え、ポーランドに侵攻した。このあたりのロジックはプーチンによるウクライナ侵攻を彷彿させる。


 ソ連の作曲家ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906~1975年)はレニングラード戦の惨禍を知って交響曲第7番をつくった。ショスタコーヴィッチは「ファシズムは単にナチズムを意味するのではありません。この音楽は恐怖、屈辱、魂の束縛を語っているのです。交響曲第7番はナチズムだけでなく、今のソビエトの体制を含むファシズムを描いたのです。」と後に語った。

ウワディスワフ・シュピルマン
http://pacem.web.fc2.com/performer/pianist_male/szpilman.htm


 映画『戦場のピアニスト』(1911~2000年)は、ポーランドの作曲家で、ピアニストのユダヤ人、ウワディスワフ・シュピルマンのナチス占領下での体験を描いたものだ。1939年9月にドイツ軍がポーランドに侵攻すると、シュピルマンの家庭もワルシャワ・ゲットーに送られた。彼は、家族を餓えから守るために、「カフェ・ノワチェスナ(Café Nowaczesna)」でピアノの演奏を始めたが、ここはナチスの将校やその協力者たちの溜り場だった。ユダヤ人たちの協力者たちの様子を見てシュピルマンは、「この機会に二つの幻影を失った。一つはユダヤ人の連帯であり、またユダヤ人の音楽性に対する信頼である。」と語っている。シュピルマンの家族は、両親、弟、妹と、シュピルマン以外の人々は皆強制収容所で亡くなった。シュピルマンはドイツ軍が撤退する間際にドイツ国防軍の将校に出くわし、廃墟の中にあったピアノを弾くように言われると、ショパンの『ノクターン嬰ハ短調』を演奏した。演奏に感激した将校はドイツ語の敬語表現でシュピルマンに話しかけ始め、コートや食べ物を与えてくれた。


 ドイツ軍将校の人道主義の姿勢、またチャップリンの『独裁者』の演説に現れる思いやりが、ヒトラーの極端で、冷酷なナショナリズムを上回り、シュピルマンを助けることになった。


 冒頭の『独裁者』の演説はファシズムとは対極にある人類の相互扶助を説き、人種差別やナショナリズムの行き過ぎを戒め、文化による平和の実現を訴えていた。利己的な経済的利益の追求など戦争が発生する要因にも言及し、これらは現在にも通じるメッセージで、戦争の本質を見抜いていた。人種差別の改善や根絶を訴えたアメリカの公民権運動は1960年代に高揚したからチャップリンの『独裁者』の訴えがいかに時代を先取りしていたかがわかる。

アイキャッチ画像は映画『独裁者』
https://moviewalker.jp/mv5810/

「戦場のピアニスト」の主人公の息子クリストファー・W・A・スピルマンさんは日本で大学教授を務め、日本の近代思想を研究していた
https://twitter.com/yomiuri_o…/status/895130169
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