稲森和夫さんの利他の心と「耐える勇気」の平和理念」

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 京セラや第二電電(現在のKDDI)の創業者だった稲森和夫氏は、リーダーとして人の上に立つ人は思いやりの心を持たなければならない、「利他の心」があることがリーダーの必須条件だと説いた。私財を投じて稲盛財団を創設し、毎年、芸術や思想の各分野における優れた研究を行った人に「京都賞」を設けて人材の育成に努めた。稲盛財団の活動もまた利他の理念を表すものだった。


 仏教では、「利他」とは他の人々の利益(りやく)を図り、人々の救済のために尽力することであり、自らを利する自利と利他が完全に行われることが大乗仏教の理想とされた。


 イスラームでも「利他」の精神は重んぜられる。相互扶助はイスラームの信徒(=ムスリム)に強く求められるもので、イスラームの最も基本的な5つの義務(=五行)の中に喜捨(ザカート)が設けられ、貧者や孤児、未亡人など保護が必要な人々に用いられるものとされている。イスラーム神学を最初に体系化したムウタズィラ学派の法学者のアブドゥル・ジャッバール(935~1024/25)は、利他の行為とは人間が自己に対する現世的利益の追求よりも、困難を顧みず他者の利益となるようなことを行うことによって初めてその行為が善となり、倫理的価値に裏付けられた正しい行為こそが利他であると説いた。(塩尻和子「『貢献する気持ち』 イスラーム倫理思想における利他心」 )


 特にこういう利他の心は共同体や部族社会の指導者たちに求められたものであったが、まさに稲盛氏が日ごろ説いていたリーダー論と通底するものがある。

1997年9月7日、得度した日の稲盛氏=京都府八幡市の円福寺
https://digital.asahi.com/articles/ASL4J5RX4L4JUEHF00H.html


 稲盛氏が終戦を迎えたのは中学校2年の時で、生まれ、育った鹿児島市は米軍の空襲によって焦土化し、実家も焼けた。子どもながらも最前線の兵士と同様な体験をしたことから戦争は絶対にしてはならないと思うようになる。戦争の悲惨な体験をしたことから日本人は「耐える勇気」をもたなければならないと主張するようになった。安保法制の議論は「耐える勇気」というよりも、「一歩前に踏み出す勇気」というもので、日本の先行きが懸念されると語っていた。人は勇ましい見かけを好むものだが、蛮勇をひけらかすことが真の勇気と思えない。見せかけの勇気が戦争を起こし、惨禍を招いてしまった。真の勇気とは戦争に向かうものではないというのが持論だった。なし崩し的に安倍元首相らが求めた集団的自衛権の行使に危惧を抱いていた。また、安倍政権の下で報道に圧力がかかったことにも危惧を感じ、報道は政治家の方ではなくて、民の声を代弁してほしいとも語っていた。

中東研究者105人が安保法案に反対「私たちも憲法学者に続く」
米国との集団的自衛権よりも平和を守る日本の外交的努力を強調しました。安倍元首相はイランの脅威を平和安全法制成立のための根拠としましたが、イランが日本の艦船を狙うことなどありえません。ナンセンスだと思いました。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/162626


 「耐える勇気」とはイスラームで言えば、ジハードということになるだろう。「ジハード」は過激派や武装集団が頻繁に用いる「聖戦」という意味だけでなくて、自らの内面と闘うことを意味している。ジハードは「ジャハダ(努力する)」という動詞から派生した言葉だが、自分の国を守る勇気は隠忍自重して戦争の方を向かない努力を稲盛氏は強調していた。戦争や武力による威嚇ではない外交こそが「耐える勇気」ということになるだろう。中国が尖閣諸島など日本の領土、領海を侵さない限り軍事的に緊張する必要はない。むしろ対話や経済関係の促進こそが本当の勇気であり、努力である。イスラームでも武力の行使が許容されるのは、防衛のためのジハードだけである。


 オックスフォード大学の元教授で、世界的にも影響力がある哲学者のターリク・ラマダーン(1962年生まれ)は本当のジハードとは、内面的には個々の利己主義や暴力志向を排除し、より偉大な正義のために差別、失業、人種主義に反対することだと主張している。まさに稲盛氏の利他の考えや「耐える勇気」に通底するようで、稲盛氏の考えは今の日本人に貴重な知的教訓を残した。

ターリク・ラマダーン氏(前列中央)
http://www.kohara.ac/blog/2016/09/12.html
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