国境を越えるための本と、オスマン帝国終焉100年 ―オスマン帝国はヨーロッパに何をもたらしたか?

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Translation / 翻訳

 跡見女子学園大学の小川忠先生からご自身が編者を務めた『国境を越えるためのブックガイド50』(白水社)の共著者たちが3冊ずつ紹介するという八重洲ブックセンターのフェアの中で、小川先生の選んだ3冊の中に拙著『イスラムがヨーロッパを創造した』(光文社新書)を含めて頂いた。アイキャッチ画像はその様子を撮ったものだ。


 この拙著は国境を越えるというテーマで書いたつもりだった。ヨーロッパでイスラムを排斥する極右などの動きがあり、他方イスラムの側でもヘイトや偏見、軍事介入などに反発して欧米にテロを行う動きがある。拙著では欧米とイスラムには共存の長い歴史があり、ヨーロッパとイスラム世界は通商で結ばれ、またヨーロッパ文化の中にはイスラム世界から影響を受けたものも少なくないことを紹介し、現代の共存の可能性を探った。


 昨年11月1日はオスマン帝国が滅亡してからちょうど100年に当たる日だった。この日、ケマル・アタチュルク率いるアンカラ新政府が大国民会議でスルタン制廃止を決議してオスマン帝国の終焉が決定された。


 オスマン帝国は1453年にコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)を陥落させ、コンスタンチノープルを拠点にオスマン帝国はヨーロッパ制覇に乗り出していった。中央ヨーロッパでは、オスマン帝国はダニューブ川を越え、1504年にルーマニアを吸収し、ハンガリーは1529年にオスマン帝国の支配下に入った。

イスタンブール
スレマニエ・モスクで
礼拝の導師と
2015年


 オスマン帝国のスレイマン大帝(在位1520年~66年)は、ハンガリーに逃れてきたプロテスタントに保護を与え、現在でもオルバン首相をはじめハンガリーの11.6%の人口がプロテスタントのカルバン派の信仰に属す。オスマン帝国がカルバン派に保護を与えたのとは逆にオルバン首相はイスラム移民の排斥を熱心に唱えている。


 オスマン帝国の支配層はムスリムであったが、ユダヤ人(ユダヤ教徒)は自由に彼らの信仰活動を行うことができた。オスマン帝国は「ミッレト」と呼ばれる自治制度の下にムスリム以外のコミュニティーを置いたが、ユダヤ人も独自のミッレトをもち、教育、法律、宗教的事象の管理を任されていた。


 また、キリスト教国家のヴェネツィアとイスラムのオスマン帝国は、相互の交易を活発にすることによってともに経済力を増し、ヴェネツィアには船舶と優れた航海術があり、他方、オスマン帝国は東西貿易を独占し、香辛料や穀物を独占していた。宗教や文化を超えた協力関係がこれら二つの国を富ませることになっていた。


 また、オスマン帝国はオーストリアにコーヒー文化をもたらしてもいる。1683年、第二次ウィーン包囲に失敗して敗走するオスマン帝国兵士が残していった麻袋から茶色い乾いた豆が見つかったのがコーヒーだった。また、オーストリアで人気があるデザート、アプフェルシュトゥルーデルは、調理したリンゴをシュトゥルーデル生地で巻いた菓子だが、オスマン帝国の菓子バクラヴァの生地でリンゴを巻いたのが起源と考えられている。また、オーストリアや、また日本でも人気のあるロールキャベツの起源はトルコのドルマだと考えられている。トルコのドルマは、米、タマネギ、挽肉、香味野菜などを混ぜたものをブドウの葉やキャベツで包んだ料理だ。

アプフェルシュトゥルーデル


 現在EUがトルコの加盟を拒むなど、宗教は経済ブロックを形成する上で重大な考慮の対象となっているが、欧米諸国がイスラム系諸国を取り込んだ経済協力を考えることも現在の「文明の衝突」構造を乗り越える一つのすべであることを中世のオスマン帝国とヨーロッパの交流は教えている。現在、トルコのエルドアン大統領は、ロシアの天然ガスをトルコのパイプライン経由でヨーロッパに送出することを考え、ウクライナ戦争でエネルギーの確保が困難になったヨーロッパに協力する姿勢を見せている。

イスタンブール・アヤソフィア
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