来年4月のフランス大統領選の世論調査で目下のところ2番目に支持が多いエリック・ゼムール氏(63)氏がパリ郊外で行われた集会で襲撃され負傷した。

「麻薬密売人のほとんどはアラブ人と黒人だ」「フランスは30年間、イスラム教徒から攻撃を受けてきた」などとテレビで発言して、人種や宗教の憎悪を煽った人物として罰金刑を受けたことがある。
子どもたちにフランス風の名前をつけるように呼びかけるなど、フランスの国粋主義に訴えているが、彼自身はアルジェリア系のユダヤ人だ。
アルジェリアでも独立戦争の際にユダヤ人を味方につけようとしたフランスによって、ムスリムとユダヤ教徒の対立感情が高まり、1962年の独立後は多くのユダヤ教徒たちがフランスに逃亡した。ゼムール氏のフランスでの存在自体が「フランス帝国主義の産物」のようだ。フランスで活動するアルジェリア出身の歌手エンリコ・マシアスはユダヤ人だが、彼の叔父もアルジェリア東部のコンスタンティーヌで殺害されているが、フランスのアルジェリアでの分断統治がゼムール氏の主張や活動を生んだと言えるのかもしれない。

幸か不幸か、ゼムール氏は日本を称賛しているようだ。ゼムール氏によれば、日本が移民の入国に厳格で、その結果、失業率も低く、犯罪も少なく、刑務所の収容者も多くない。日本の製造業はGDPのうち29.1%を占めるが、フランスでは16.3%で、それが2005年以降貿易赤字を続けるフランスと、貿易黒字を続ける日本の違いとなっているというのがゼムール氏の考えだ。
フランスは1960年代から70年代前半にかけて労働力不足を背景に移民受け入れを積極的に行い、この時期20万人とも見積られるアフリカ系の人々がフランスに移住してきた。第二次世界大戦終結から1975年までは「栄光の30年」と呼ばれるフランスの経済成長時代だった。それでも、黒人の移民社会は貧困、人種主義、社会的隔離などの問題に遭遇するようになった。移民社会の人道上の問題にはほとんど改善がみられず、ゼムール氏のような冷酷な主張がフランスでは現れ、それが少なからぬ支持を集めるようになっている。
ゼムール氏のような人物がフランスの大統領になれば、フランスのようなキリスト教・ヨーロッパ世界とイスラム世界の関係は良好に推移しないことは明らかで、世界はフランス国民の理性に期待せざるを得ない。
12月5日、ローマ教皇フランシスコはギリシア・レスボス島の難民キャンプを訪問し、反移民の人々は、移民問題について、貧民の搾取、兵器産業、戦争について同じ熱意で語っていないと語った。ローマ教皇は、2016年にシリア人難民16人をイタリアに連れ戻ったことがあったが、その頃から何も変わっていないと述べた。戦争や、戦争によって利益を得る兵器産業、また貧困が移民の重大な背景となっている。
2019年11月に来日し、上智大学で講演した教皇は、学生たちに「公正で人間的であり、手本となるような責任感のある行動を起こす者であること、積極的に弱者を擁護し、誠実さを示す者であることが必要とされています」と述べた。弱者の救済は人間の普遍的価値であることをローマ教皇はあらためて日本人に示した。

上智大学を訪問したローマ教皇
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