「さとうきび畑」と比嘉恒敏(こうびん)さんの人生は沖縄の歴史だった

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Translation / 翻訳

 沖縄戦をモチーフにした有名な「さとうきび畑」は1964年にシャンソンを歌うために沖縄を訪れた石井好子さんに伴奏で同行した寺島尚彦さんがその時の体験をもとに1967年に作詩・作曲したものだった。寺島さんは公演の間に沖縄戦の跡地を訪れる。そこでさとうきび畑の下に名前もわからない無数の人々が眠っていることを聞いたのが歌をつくる動機となった。寺島さんは「轟然と吹き抜ける風の音だけが耳を圧倒し、その中に戦没者たちの怒号と嗚咽を私は確かに聴いた」と語っている。


 この歌は俳優・コメディアンの藤田まことも歌っているが、藤田まことの兄は沖縄戦で乗っていた輸送船が撃沈されて17歳で亡くなっている。藤田まことは兄が亡くなる2日前に実家に送った最後の葉書を御守り代わりにいつも携行していた。そこには「まことも今年は夏休みもないでしょう。けれど日本は今決戦をしております。まことにはまだよくわからないだろうれど、兄さんは戦(いくさ)の現実を見ているからしみじみと感じます。」と書かれてあった。(「武田鉄矢の昭和は輝いていた」2021年7月21日放送より)藤田まことの「さとうきび畑」の動画は

にある。


 同じ「武田鉄矢の昭和は輝いていた」では1971年に比嘉恒敏さんによってつくられた「艦砲(かんぽう)ぬ喰(く)ぇー残(ぬく)さー」(艦砲射撃の喰い残し)も紹介されていた。この歌は米軍の砲撃から生き延びた自分たちを「艦砲射撃の喰い残し」と自虐的に表現したものだった。比嘉さんは昭和19年8月に対馬丸に乗っていた両親、長男、姉、二人の姪を亡くし、また昭和20年6月に大阪大空襲で妻と次男が死亡、さらに昭和48年10月に飲酒運転の米兵の車に衝突されて比嘉さんと再婚した奥さんが亡くなった。比嘉さんの生涯は沖縄と戦争の歴史を表していた。


 艦砲(かんぽう)ぬ喰(く)ぇー残(ぬく)さー」(艦砲射撃の喰い残し)は比嘉さんの4人の娘さんたちのグループ「でいご娘」によって歌われ、「ウチナーグチ(沖縄方言)」で歌詞が作られている。
「若さる時ね戦争の世 若さる花ん咲ちゆさん(若さる花ん咲ちゆさん)家ん元祖ん親兄弟 艦砲射撃の的になて着るむん喰えむんむるねえらん スーティーチャー喰で暮らちゃんや (うんじゅん我んにん 汝ん我んにん艦砲の喰い残さ)
わかさるとぅちねー’いくさぬゆー わかさるはなんさちゆーさん (わかさるはなんさちゆーさん)やーんぐゎんすん’うやちょ(ー)でーかんぽーしゃげきぬまとぅになてぃちるむん くぇーむんむるねーらん すーてぃーちゃーかでぃくらちゃんやー (’うんじゅんわんにん ’っやーやわんにん かんぽーぬくぇーぬくさー)


「若い時は戦争の世の中 若い花は咲くことが出来なかった(若い花は咲くことが出来なかった) 家もご先祖様も親兄弟も[艦砲射撃]の的になり 着るもの食べるものも全くなかった。ソテツを食べて暮らしたよ。(あなたもわたしも 君も僕も艦砲の食い残し)」
(でいご娘の歌の動画は https://www.youtube.com/watch?v=uVCGG_7e9w4 にある)

比嘉恒敏さんの死亡を伝える記事
https://twitter.com/arapanman/status/1412339321282072590


 沖縄戦の軍人の戦死者は9万人近く、一般住民の死者は10万人から15万人と見積もられる。米軍の戦死者は1万2000人余り。沖縄諸島周辺の特攻作戦には海軍機940機、陸軍機は887機が参加し、海軍の特攻による戦死者は戦死者2、045人、陸軍は1,022人だった。(沖縄翼友会「沖縄戦で特攻機が出撃した飛行場と特攻隊員数」)やはり特攻で出撃した戦艦大和の戦没者は3056人だった。「さとうきび畑」の歌詞にあるように「鉄の雨」に撃たれた死者数の多くはまさに地獄図の中の最期だった。在日米軍基地の70%が沖縄に集中していることに8割の人々が「おかしい」と疑念を呈する世論調査もあった。(NHK世論調査2022年5月10日)いつまで経ってもおかしな現実を改善しない政治はやはり「おかしい」。

さとうきび畑の唄 完全版【Blu-ray】
明石家さんま
https://books.rakuten.co.jp/rb/16506078/
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