映画「長崎の郵便配達」(川瀬美香監督)は、イギリスの元軍人で作家のピーター・タウンゼント氏(1914~1995年)と長崎の被爆で背中に重症を負った谷口稜曄(すみてる)さんの交流の足跡を、タウンゼント氏の娘のイザベルさんが長崎に訪ねるというドキュメンタリー映画だ。

https://mainichi.jp/maisho/articles/20170901/kei/00s/00s/010000c?fbclid=IwAR0-SCODVn1ZnS4_40H4vbLgiVVdYs9KQ7MEOsjHnyR4kbct5NKx5gISxWI
タウンゼント氏はイギリスのマーガレット王女(映画「ローマの休日」のモデルとなったと言われる)と恋に陥ったが、氏の離婚歴が障害となり、かなわぬ恋となってしまう。氏は世界を旅する間に戦争の犠牲になる子どもたちへの人道主義に目覚める。子どもたちの瞳は生き生きとして濁っていない。長崎の被爆で周辺の子どもたちが亡くなる中で一人だけ生き残り、背中に大火傷を負った谷口稜曄(すみてる)さんのエピソードとその痛ましい悲惨な画像はタウゼント氏の心を大きく捉えることになった。

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谷口さんの写真を撮ったのは「焼き場に立つ少年」と同じ米軍カメラマンのジョー・オダネル氏だった。撮影者のオダネル氏は自らが撮った谷口さんの写真の強烈な印象について下のように語っているが、タウンゼント氏も同様な想いを共有することになる。
「少年がまだ若いこともあって、彼の苦しみを思うと私の心はひどく痛んだ。そのあと私は頼まれない限り、これ以上被爆者の写真は撮るまいと心に決めた。そのあまりの強烈さにたじろいだ私は、帰国後、そのすべてを忘れようと決心したのです。私用カメラで撮影したネガはトランクに納め、二度と再び開けまいと、蓋を閉じ鍵をかけたのです。」
タウンゼント氏は谷口さんの実直な人柄にひかれ、谷口さんもタウンゼント氏を信頼し二人は交流を深めていった。イザベルさんは父親の著書を読み、あるいは父親が残した音声記録を聴き長崎での父親の想いや活動をたどる。長崎は起伏の多い街で、イザベルさんは坂道の階段を登りながら父親の息づかいをもなぞらえていった。タウンゼント氏には長崎の自然の音も録音することもあり、映画に現れる長崎の音色は蝉時雨、木々のざわめきなど実に豊かなものであることに気づかされる。

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原爆が投下された地は人々の生活が息づき、様々な想いが交錯するところだった。映画では長崎の人を弔う習慣なども紹介される。安全保障論などにも学会、研究会、論文などで接してきたが、兵力や核弾頭数の比較など抑止の論理の何と血が通わぬことか、タウンゼント氏や谷口さんの心情とは真逆なところにあるように思えてならない。映画の中で爆心地の真上から撮った画像が出てくるが、核兵器の使用を口にするプーチン大統領のような政治家の視角は、この空撮画像のように地上にいる人々の生活や心情などまったく考慮することがないに違いない。
タイトルの「長崎の郵便配達」は「平和のメッセージの伝え手」を意味し、タウンゼント氏の著書は、記憶の継承をしなければならないことを訴えているように思う。映画の中で、タウンゼント氏や、谷口さんのメッセージはイザベルさんの娘さんたちにもしっかり伝わり、彼女たちもイザベルさんの助力を得て祖父や谷口さんの平和のメッセージを、演劇を通じて伝えるようになっていた。被爆の惨禍を経験した日本人は世界の中で最も核兵器の悲劇を伝えることができる。谷口さんなど被爆者の想いを継承し伝える責務が日本をはじめ国際社会にはあることを訴える映画で、日本の若い人たちには特に観てもらいたい。
アイキャッチ画像は https://nagasaki.essay.tokyo/ より

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