アフガニスタンには歴史的には宗教的多様性があった国だ。仏教が信仰されていたことは、タリバンが2001年にバーミヤンの大仏を破壊したことでも日本でもあらためて知られることになった。爆破された大仏はアフガニスタンの人々がかつて平和と心のやすらぎを求めて建立したに違いない。この大仏破壊を受けて中村哲医師は粉々に破壊された大仏は、それでもなお、全人類の愚かさを背負って逝こうとする意思を示し、騒々しい人の世に何かを指し示そうとしているかのようであったと語っている。また、中村医師は、人類の共通遺産とは平和と相互扶助の精神であり、それは私たちの心の中に築かなければならないと述べた。
アフガニスタンでは、かつてはゾロアスター教も盛んで、アフガニスタン北部のバルフはその信仰の中心でもあった。啓示によって開かれた宗教としてゾロアスター教は世界最古のもので、宇宙は正義で生命の神であるアフラ・マズダー(叡智の主)によって創造されたたと説き、人は神によって裁かれ、義者は天国に行くとし、また社会正義の促進を説き、善思、善行、善語を奨励する。
「我、よいこと思う。
ゆえによい我あり。」(『 アヴェスター』(ゾロアスター教の経典)より)
ユダヤ教、キリスト教、イスラムに見られる最後の審判とそれに先立つ肉体の復活、天国と地獄などは、ゾロアスター教から継承したものと考えられている。
アフガニスタンで信仰されるイスラムという宗教の中心にあるのは「正義’adl」という概念で、基本的には、イスラム共同体内部のムスリム相互の富の公平な分配、共同体全体の利益を考える政治、ムスリムの意思が政治に反映されること、またイスラム法が無視されていないこと、さらに対外的にはイスラム世界の運命が外部勢力によって決定されることがないことを訴える。イスラムもゾロアスター教と同様に倫理的色彩が強い宗教だがゾロアスター教やイスラムが説く正義は、平和や相互扶助の前提となるものだ。
アフガニスタンやパキスタンには歴史的に「ガンダーラ」と呼ばれる地域があった。ペシャワール峡谷からカブールやスワート川の小さな谷合に至るところだ。古代、ガンダーラは交易や文明の交差路だった。
ガンダーラに興亡したマウリヤ朝やクシャーナ朝は仏教的精神でもって善政を布いたことで日本でも知られてきた。日本の多くの仏教徒にとって、ガンダーラは仏教の理念を体現した場所でもあった。アフガニスタンやパキスタンの部族地域の政情が不安定になる以前、日本からも多くの観光客たちがガンダーラの遺跡の見学に来て、日本の仏教文化の源流を知ろうとしていた。ガンダーラは日本人にとっても精神的な郷土のような存在だ。
アフガニスタンは歴史的に中村医師が説いたような「人類の共通遺産」を体現してきたところで、その再現をいまのアフガニスタンの人々が切望していることは強調するまでもないだろう。
多様な宗教が交差したアフガニスタンで大仏が指示した「平和と相互扶助」

コメント