太宰治とオマル・ハイヤームの『ルバイヤート』

日本語記事
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Translation / 翻訳

太宰治の『人間失格』(1948年)に
「ただ、いっさいは過ぎていきます。
 自分が今まで阿鼻叫喚で生きてきた、
 いわゆる人間の世界において、
 たった一つ、真理らしく思われたのは、
 それだけでした。」と、この世の無常観を強く感ぜられるくだりがある。


 太宰はその無常観を酒や花、麗しき女性などで表現するイランの詩人オマル・ハイヤームの「ルバイヤート」を『人間失格』の中に織り込み主人公・大庭葉蔵の虚無的な心情を表そうとした。酒や女に溺れる大庭葉蔵の姿はルバイヤートの死生観と重なるものがあるが、以下は『人間失格』からの引用である。


 「京橋へ来て、こういうくだらない生活を既に一年ちかく続け、自分の漫画も、子供相手の雑誌だけでなく、駅売りの粗悪で卑猥な雑誌などにも載るようになり、自分は、上司幾太(情死、生きたという、ふざけ切った匿名で、汚いはだかの絵など画き、それにたいていルバイヤットの詩句を挿入しました。


無駄な御祈りなんか止(よ)せったら
涙を誘うものなんか かなぐりすてろ
まァ一杯いこう 好いことばかり思出して
よけいな心づかいなんか忘れっちまいな
不安や恐怖もて人を脅かす奴輩(やから)は
自(みずから)の作りし大それた罪に怯え
死にしものの復讐に備えんと
自(みずから)の頭にたえず計い為す
よべ 酒充ちて我ハートは喜びに充ち
けさ さめて只(ただ)に荒涼
いぶかし 一夜(ひとよ)さの中
様変わりたる此(この)気分よ
祟(たた)りなんて思うこと止(や)めてくれ
遠くから響く太鼓のように
何がなしにそいつは不安だ
屁ひったこと迄一々罪に勘定されたら助からんわい
正義は人生の指針たりとや?
さらば血に塗られたる戦場に
暗殺者の切尖(きっさき)に
何の正義か宿れるや?
いずこに指導原理ありや?
いかなる叡智の光ありや?
美(うる)わしくも怖(おそろ)しきは浮世なれ
かよわき人の子は背負い切れぬ荷をば負わされ
どうにもできない情慾の種子を植えつけられた許(ばか)りに
善だ罪だ罰だと呪わるるばかり
どうにもできない只まごつくばかり
抑え摧(くだ)く力も意志も授けられぬ許りに
どこをどう彷徨(うろつき)まわってたんだい
ナニ批判 検討 再認識?
ヘッ 空しき夢を ありもしない幻を
エヘッ 酒を忘れたんで みんな虚仮(こけ)の思案さ
どうだ 此涯(はて)もない大空を御覧よ
此中にポッチリ浮んだ点じゃい
此地球が何んで自転するのか分るもんか
自転 公転 反転も勝手ですわい
至る処に 至高の力を感じ
あらゆる国にあらゆる民族に
同一の人間性を発見する
我は異端者なりとかや
みんな聖経をよみ違えてんのよ
でなきゃ常識も智慧もないのよ
生身(いきみ)の喜びを禁じたり 酒を止めたり
いいわ ムスタッファ わたしそんなの 大嫌い」

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