第３の被爆地を生むな　－死んだ人たちの嘆きのためにだけ生きよ（原民喜）

遠き日の石に刻み
砂に影おち
崩れ堕つ　天地のまなか
一輪の花の幻

　この原爆に関する４行詩は美しい言葉で綴られている。作家の原民喜は、原爆投下の惨状をメモした手帳を基に『夏の花』（１９４７年）を書いたが、「原子爆弾の惨劇のなかに生き残った私は、その時から私も、私の文学も、何ものかに激しく弾き出された。この眼で視た生々しい光景こそは死んでも描きとめておきたかった。・・・」と述べている。遠藤周作は、『夏の花』を「いくつも書かれた広島原爆を描いた小説の中でも最高のもの」と称賛した。

　核兵器は１９４５年に広島、長崎で使用されて以来、実戦で用いられていないが、昨年４月、アメリカＣＩＡのバーンズ長官は、ジョージア工科大学で講演し、ロシアによる核兵器使用の可能性は軽視できないと述べた。軽々と核兵器の使用が口にされるようになったことが恐ろしく、背筋が寒くなる想いだが、もし核兵器を実際に使用すればプーチン大統領は歴史に名を残す戦争犯罪人となる。原爆の犠牲になった人々の死を無駄にしてはならない。

「自分のために生きるな、死んだ人たちの嘆きのためにだけ生きよ」（原民喜『鎮魂歌』より）。

　ストックホルム国際平和研究所（ＳＩＰＲＩ）によれば、ロシアはおよそ６２５５発の核弾頭や、また核弾頭の運搬手段として、大陸間弾道ミサイル（ＩＣＢＭ）や潜水艦発射弾道ミサイル（ＳＬＢＭ）などを保有している。

　ロシア（ソ連）が実験した核爆弾（ツァーリ・ボンバ）は広島や長崎の原爆の１５００倍の威力がある。２０２２年３月３１日付の「EURACTIV」の記事によれば、スウェーデンの企業がロシアの１２の核兵器製造の国営企業に部品を売却していた。核兵器は、軍需産業にとって莫大の利益が上がる分野だ。

　核兵器が危険なのは、いうまでもなく一つの軍事行動で、途方もなく多数の人間を殺傷することが可能だからである。１９４０年９月から４１年５月にかけ、ドイツ空軍は空爆でイギリス市民４万３０００人を殺害したが、それに対し、広島では１５キロトンの原爆一発で７万人が一瞬にして亡くなった。さらにその後に原爆症で亡くなった人を含めると、広島の犠牲者は１４万人に到達すると見積もられている。

　イギリス王立国際問題研究所〈チャタムハウス〉のパトリシア・ルイス氏は、ロシアが核兵器を使用するとすれば、核による報復が予想されるＮＡＴＯ加盟国ではなくて、ウクライナに対して小規模な威力の使用することになるだろうと述べている。ロシアの小型戦術核の威力は「ワシントン・ポスト」によれば、５キロトンで、広島型原爆の３分の１だが、それでもなお多数の犠牲が出ることが危惧される。

「実戦を知らぬ将校が自己の名誉心を満足さすために、何も知らない部下を叱咤して戦場に駆り立てる傾向がありはしないでしょうか。実戦というものは残酷なものですよ。」――永井隆『長崎の鐘』

　永井博士の言葉はプーチン大統領が知るべきものだ。ウクライナに侵攻し、また核兵器の使用を口にするプーチン大統領は戦場や被爆による惨状への想像力に著しく欠けている。

おお天輪よ、あらゆる破壊はお前の憎悪に由来し、
暴虐は、古くからのお前の流儀。
大地よ、もしお前の胸をきりひらけば、
お前が貪った数しれぬ宝物（人間の生命）が見出されよう。
オマル・ハイヤーム／岡田恵美子訳『ルバイヤート』

アイキャッチ画像は

原民喜夫妻
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