サダム・フセインを説得した中曽根元首相

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 外務省は22日、7300ページ超にも及ぶ外交文書18冊を一般公開した。その中には1990年8月にイラクがクウェートを侵攻したことを契機に発生した「湾岸危機」に関するものがある。特にアメリカとの戦争の可能性が高まる中で、サダム・フセイン政権は欧米諸国や日本の企業関係者たちなどを人質にとり、攻撃を回避しようとした。日本人213人が人質にとられたが、その解放交渉を行ったのは中曽根康弘元首相だった。中曽根氏は、「日本イラク議員友好連盟」の設立で中心的役割を果たし、通産相時代にフセイン大統領と会談を行ったこともあった。1990年11月4日に会談は行われた。

 タカ派の改憲論者として知られる中曽根氏だったが、日本が平和国家であることを強調してフセイン大統領を説得した。

「本件は、世界的な拡大をするおそれがあり、自分の観測では事態は緊迫し、危険性は増している。もし戦争が始まれば取り返しのつかないのことになり人類的不幸を招致する。日本は平和国家として、平和的解決のために努力したい」

 中曽根氏は自らが改憲論者であることも隠し、日本の憲法改正の可能性も否定し、憲法上の制約から自衛隊を戦闘に参加させることはできないことを強調している。この時期、アメリカからは1990年9月ニューヨークでのブッシュ大統領と海部首相との会談で、「日本が軍隊を中東での国際的努力に参加させる方途を検討中と承知する。そのような対応は有益で世界から評価されるだろう」「日本の貢献が遅滞なく行われることを期待する」(NNNより)と述べられるなど自衛隊の派遣が強く求められていたが、中曽根氏は次のように述べている。

NNNより

「日本の立場について、若干の誤解があるので訂正しておきたい。憲法改正などもしていないし、可能性もない。自衛隊を戦闘に参加させるものでもない」

 また、戦争になる可能性が高いと感じていたようで、日本の敗戦体験からイラクが戦争の破壊から免れることように説得を試みている。

「この11月末から12月にかけて極めて高くなると危惧している。貴大統領が革命成就後に懸命に努力し築きあげてきたこの立派な国が破壊される様を決して目にしたくない。戦争の悲惨さは、われわれ自身、太平洋戦争の体験から痛いほどよく承知しており、貴国についても、その点を心配している」

 湾岸危機についてはアラブ連盟によるアラブ域内での解決が提唱されたこともあった。アメリカに攻撃の口実を奪うことこそ戦争回避への道筋だという考えを中曽根氏はもっていたようで、そういう意味で次の中曽根氏の発言は事態の平和的解決の方途をよく理解し、またアメリカが戦争を望んでいるとも理解していたようにも思える。

アントニオ猪木が解放された人質家族と歓喜の「ダー!」(90年12月5日、イラク・バグダッド市内)
https://www.tokyo-sports.co.jp/prores/3688387/

「アラブの中で合理的な解決が図れるような今一歩の新たなイニシアチブを出していただければと思う。それは同時にアメリカなどに武力行使の口実を与えないことにもなる。アメリカは今大きな悪夢を見ているという記事をよく見かける。すなわちイラクがクウェートから撤退してしまうことで、アメリカが武力行使の口実を失ってしまう悪夢だ」

 中曽根氏の説得の結果、11月8日に日本人人質74人の帰国が実現した。イラクのような独裁国家ではフセイン大統領への説得は人質解放のために特に重要だった。日本の戦争体験は説得力をもち、合理的な論理はフセイン大統領も納得せざるを得なかったのだろう。また、通産相としての経験は、特に湾岸地域の安定が日本の経済安全保障にとって重要ということも中曽根氏はよく理解していたに違いない。1983年に安倍晋太郎外相がイラン・イラク戦争の和平調停を行い、これら2国を実際に訪れて訪問した頃、日本企業の投資先としてイラクは世界最大だったほど、イラクは日本にとって重要な国だった。中曽根氏の論理に従ってフセイン大統領がクウェートからイラク軍を撤退させるなど戦争を回避していたら、ISの誕生や活動があるなどイラクの現在の混迷はなかったことは明らかだ。

中曽根氏の発言はNHK「中曽根vsフセイン 緊迫の人質解放交渉秘録」より

中曽根vsフセイン 緊迫のイラク 人質解放交渉秘録 外交文書 | NHK政治マガジン
世界を揺るがした30年余り前の湾岸危機。イラクが隣国のクウェートに侵攻。アメリカなど各国は一斉にこれを非難し、軍事行動の構えをとった。これに対し、イラクは滞在中の外国人を人質にとり、“人間の盾”とも呼ばれた。日本人も213人が“盾”とされた。政府、国会、民間、さまざまなル...
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