12月2日に退任式があったドイツのメルケル首相は、2015年3月に東京・浜離宮朝日ホールで講演を行い、次のように述べた。
「第二次世界大戦はドイツがナチズム、戦争、ショアー(ユダヤ人虐殺)から解放された契機となったが、ドイツが周辺諸国からの信頼を得られたことがその後のドイツの平和的な発展に役立った。ドイツはホロコーストなどの過去と向き合い、長年の敵国であったフランスとも和解から、さらに友情を介した関係に発展させている。世界がドイツによって経験しなければならなかったナチスの時代、ホロコーストの苦渋に満ちた時代があったにもかかわらず、私たちを国際社会に受け入れてくれたという幸運です。どうして可能だったのか? 一つには、ドイツが過去ときちんと向き合ったからでしょう。」
このメルケル首相の発言は、同じ第二次世界大戦の敗戦国の日本にも貴重な示唆を与えるものだった。ドイツにも、過去を振り向かない右翼勢力がいるだろうが、日本では近年戦争中の日本の蛮行がなかったとする歴史修正主義の傾向は、おそらくドイツよりも強いだろう。日本が周辺諸国をはじめ国際社会のいっそうの信頼を得るためには、日本も過去と真摯に向き合うことが必要だ。

メルケル首相、送別曲にパンクロック選ぶ 独で退任式
メルケル首相の精神世界は、意外かもしれないが、日本人のそれにも通じるものがある。 2019年5月に行われたメルケル首相のハーバード大学卒業式の講演では、「不変に見えることも、本当は変わりうる」とも語られた。メルケル首相がそう語るのは、東独出身の彼女の様々な機会を奪った東西冷戦の象徴であったベルリンの壁や、冷戦構造そのものを指している。
これは何事も移り変わり、同じ状態にとどまらないという仏教の無常観にも通じる考えだ。「無常観」は国際政治を考える上で欠かせない視点であり、日本の政治家たちにも求められている。中国の権威主義体制も変わりうるし、現在は強固とも見える日米同盟もそうかもしれない。外交を主に米国との同盟関係ばかりで見ていると、日本の将来を見誤ることにもなりかねない。実際、アメリカはトランプ政権時代には日本との同盟関係を重視しているように見えなかった。日本はアメリカのみを重視するのではなく、バランスよく外交を考えたほうが日本国民の利益に資するだろうとあらためて思う。

メルケル首相は新型コロナウィルスがドイツでも深刻になる中で、2020年12月5日、政府の経済支援策について説明を行った。その中で、文化がドイツ国民にとって大きな意味をもち、劇場、映画館、オペラハウス、博物館などの文化施設が休館しなければならないことは特に辛いことだと述べている。ドイツが文化や芸術を楽しめる国であり続けるための必要な支援を行う決意を表明した。
日本の文化庁のホームページには文化の意義について、「人間が人間らしく生きるために極めて重要であり、人間相互の連帯感を生み出し、共に生きる社会の基盤を形成するものです。世界の多様性を維持し,世界平和の礎となります。」などと書かれている。日本政府もパンデミックの終結後にあって、文化活動の支援や救済にも特に注意を向けることが求められていることは間違いない。
また、メルケル首相は、イスラムはドイツの一部とも発言したが、日本もインドネシアなどムスリムの移民活動を、特に農業や漁業の分野で受け入れるようになっている。日本と同じ敗戦国のドイツで、メルケル首相の言動は日本人にも自らを顧みる機会を与えて続けたと思う。
アイキャッチ画像はAFP BB News「アシモも歓迎、メルケル独首相が来日」より(2015年3月)
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