日本で大ヒットしたアニメ「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザイン、作画監督を務めた安彦良和氏が1985年に発表したマンガ「クルドの星」は、日本人の父親とクルド人の母親をもつ混血の少年マナベ・ジローがトルコのクルド地域で母を探して、クルド人武装勢力の青年、トルコ軍、またソ連軍と戦いながらクルド人の母親をアララト山にまで探し求めていくというストーリー展開だが、クローン人間など科学の問題と絡んで今でも通用するテーマが扱われている。ノアの方舟が漂着したというアララト山が登場するのも安彦氏の歴史への関心や探究心を表わしている。また、冷戦時代に対峙していたトルコとソ連軍も武力衝突するなど、作品が制作された時代的背景にも触れることができる。

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作者の安彦良和氏は、「クルドの星」はクルド人への応援歌でもなければ連帯するものでもなく、異境の民へのシンパシーを「妙な物語」に仕立てて少年誌の読者に提供したと、「文庫本のあとがき」(1998年10月8日)で書いている。この「文庫本のあとがき」は、イラン・イラク戦争中の1988年3月に、サダム・フセインがクルド人の町イラク・ハラブジャで化学兵器によって数千人のクルド人を虐殺し、また1991年の湾岸戦争後にやはりフセイン政権によるクルド人弾圧が起きたという事実を受けて書かれたものだ。1985年に「クルドの星」を描いた安彦氏にはトルコ旅行などを通じて接したクルド人に対する共感があったのだろう。クルド人がトルコ軍と戦う姿がかっこよく描かれているという理由でクルド人たちが作品を喜んでいるということを聞いて、心楽しい思いであると安彦氏は語っている。

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電子版の「あとがき」には、この作品の動機が「エスニックなものへの憧れに尽きる」とも書かれている。電子版あとがきにはクルドなどメソポタミアという地球最古の文明の地に住む人々が無益や死や不毛な敵意に遭うことなく明日を迎えることができるように、「ひたすらアメリカにつき従う思想の貧しい政治家を首相(言うまでもなく小泉純一郎氏のことだが)とする国に住む僕は、徒に思うばかりだ」と安彦氏の願いが述べられている。
批評家の杉田俊介氏は、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)の中で「たまたま戦争がない、という状態(state)が平和なのではない。国家や思想や宗教の違いを超えて他者とわかり合っていく、という具体的な過程(process)そのものが平和なのだ。」と安彦作品を評して語っている。そうしたテーマの典型的な作品がイスラム系の少数民族を描いた「クルドの星」という気もしてくる。

https://en.wikipedia.org/wiki/Tigris
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