「戦争というのは、一番弱い者のところに、ダメージを与えるようにできているのです。」とは2015年に亡くなった愛川欽也さんの言葉だ。戦争では武装していない子供たちや女性、老人たちなど市民が犠牲になってきた。だからこそ戦時国際法では市民を攻撃してはならないことが定められている。
ドイツの作家ギュンター・グラスの小説「ブリキの太鼓」は、自由市で、ナチス・ドイツが領有を目指したダンツィヒ(現在のポーランド・グダニスク)が舞台となっている。ナチス・ドイツはベルサイユ体制で奪われたダンツィヒの奪還を目指し、またドイツとダンツィヒを結ぶポーランド回廊の獲得を考えて第二次世界大戦の火ぶたを切った。「ブリキの太鼓」は、3歳で自ら成長を止めてしまう少年オスカルを主人公としている。自ら成長を止めたオスカルは、ダンツィヒがソ連軍の手に落ち、ナチス党員となった父親がソ連軍に処刑されると、再び成長することを決意するという不思議なストーリーだった。このストーリー展開でグラスはあたかもナチス政権時代に精神的成長を遂げることがなかったドイツ国民を比喩して、批判しているかのようだった。

ポーランド回廊の獲得を目指したヒトラーの意図は、ロシアとクリミア半島を結ぶ回廊を軍事的に手に入れたいプーチン大統領のそれと重なるかのようだが、そのあたりの事情はメルマガで書いた。https://miyataosamu.jp/polish-corridor-and-crimean-peninsula/
大いなる希望の名のもとに
自分の命などかえりみず
踊りの輪に加わる者たちのために
わが息子は歌います
自分の命以外の武器を持たずに
命のために闘う者たちのために
彼らが長く生きるように
わが息子は歌います
さくらんぼが実る時の夜明けに
銃の照準の下で
シャツ姿で死ぬ者たちのために
わが息子は歌います
この「わが息子よ、歌いなさい」(モーリス・ファノン詞)は1972年にジュリエット・グレコがギリシアの軍政に反対し、抵抗する人々に寄せた曲で、「さくらんぼが実る時」という歌詞のくだりはパリ=コミューンで立ち上がった人々を表象した歌「サクランボの実る頃」の心情を継承しているかのようだ。曲のアレンジもギリシア風になっているが、グレコの歌の動画は、
https://www.youtube.com/watch?v=BV3RSx6Umn4 にある。
プーチン大統領はウクライナ侵攻の司令官として新たにアレクサンドル・ドゥボルニコフ将軍を任命した。ロシア軍のシリアでの作戦を主導した人物だ。ロシアによる軍事支援、特に空爆はシリア・アサド政権側がシリア第二の都市アレッポを制圧するのに貢献した。ロシア軍は、病院、学校など民間施設も無差別に空爆していったが、子供たちも含めて多くの市民が犠牲になった。アレッポは市民の犠牲が最も多かった都市で、シリア内戦では35万人が死亡し、またアレッポでも5万人が犠牲になったと見られている(国際連合人道問題調整事務所OCHA:Reliefwebより)ロシアのシリアでの作戦は大成功だったとプーチン大統領に見られているが、ウクライナでもいっそうの無差別的攻撃が行われ、最も弱い人々が犠牲になることが懸念される。
ギュンター・グラスは「イスラエルの核保有を米国は黙認する。ドイツはイスラエルに核弾頭の搭載可能な潜水艦を供与してイスラエルを支援する。これが中東の平和を危なくしている」と欧米のイスラエルの核兵器保有に対する姿勢や偽善を激しく批判した人だった。
岸田文雄首相は昨年4月の記者会見で、ウクライナ避難民に対して特例的な措置をとり、シリアやアフガニスタン難民とは明らかに異なる対応をしていることについて東京新聞の記者が「同じ命の問題で、平等に扱うべきではないか」と質問したのに対して、ウクライナ以外の難民については従来通りの消極的姿勢をとることを示唆した。グラスが非難した二重基準の「偽善」を彷彿させるものがあるといえないだろうか。

アイキャッチ画像は https://www.tokyo-np.co.jp/article/164752 より
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