ユネスコの無形文化遺産条約は、従来の世界遺産が有形のものを保護していたのに対して、グローバリゼーションや社会の変化によって消滅しかねない無形の文化遺産を保護する目的で2003年のユネスコ総会で採択された。
中東・北アフリカのイスラム世界で昨年(2020年)無形文化遺産に登録されたのは、北アフリカの代表的料理であるクスクス、イラン、アゼルバイジャン、トルコ、ウズベキスタンなどにある写本絵画(細密画、ミニアチュールなどとも日本では呼ばれる)、UAEやオマーンにあるアフラージュという灌漑システム、やはりUAEやオマーンのラクダ・レース、チュニジアのケルケナ諸島のシャルフィーヤと呼ばれる日本の梁漁(やなりょう)に似た漁法、ボスニア・ヘルツェゴビナのクプレスにおける草刈り競争、アゼルバイジャン・ナイラミのザクロ・フェスティバルであった。
クスクスはフランス語では、スムールと呼ばれる小麦の粒を蒸したものを主食に、鶏肉、羊肉などを玉ねぎ、ニンジン、ズッキーニ、パプリカ、ひよこ豆など野菜とラスエルハヌートなどのクスクス専用のスパイスで煮たものをかけたりして食べるものだ。

https://au-couscous.eatbu.com/?lang=ja
イランの写本絵画は、イランに行かれた方はよくご存じだと思うが、土産物店などで盛んに売られる伝統的美術品で、元々イランにはササン朝やソグド人の絵画的伝統があったが、それが13世紀から14世紀にかけてのモンゴルのイル・ハーン朝時代に中国美術の影響を受け、東アジア風の顔の表情があり、動作も豊かな人物なども加えられて描かれるようになった。フェルドゥシーの『王書(シャーナーメ)』の物語なども表現されるが、元々写本絵画はその名の通り写本に挿入されたものだった。写本絵画はティムール朝(1370~1507年、中央アジア、イラン、アフガニスタンを主要な領土とする)時代にはトルコ=イスラム文化を構成するものとして全盛期を迎え、またムガル帝国時代にはインド的要素も加わるようになった。

http://www.parstimes.com/arts/farshchian.html
アフラージュはペルシャの伝統的地下水路のカナートに影響を受けたもので、カナートは山麓部に掘った井戸にたまった水を、長い水道で運ぶ横井戸のことだ。特にイランではカナートによる潅漑が盛んで、その数は現在3万本とも5万本ともいわれている。カナートはイランや北アフリカで頻繁に用いられた。近代に至るまでイランで用いられる水の70%はカナートによるものと見積もられている。イランのカナートの総延長は、100万キロにも達するともいわれるが、オマーンでは現在3000カ所のアフラージュが稼働している。

https://www.omanobserver.om/article/11192/Main/the-aflaj-of-oman-smart-human-solution-that-made-life-in-dry-environment-possible
ザクロの原産地はイランと考えられ(ブリタニカ国際大百科事典英語版)、中国名の「石榴」「安石榴」は、イラン北東部パルティアの王朝アルサケスを音訳した「安息」「安石」に由来し、「榴」はザクロの実がそれ以前から中国にあった「榴」に似ていたところからつけられたという。ザクロはイランから地中海を囲む地域、またアラビア半島やアフガニスタン、インド、さらには米国やチリでも生産される。

https://kenantravel.az/en/event/azerbaijan/nar.html
ちなみに8月にタリバンが政権を奪取したアフガニスタンの無形文化遺産はノウルーズだけのようだが、ペルシャ的伝統のノウルーズをイスラム主義のタリバンが認めるかどうか。
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