パリ祭と「愛しかない時」

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Translation / 翻訳

 今日、7月14日はパリ祭(フランス国民祭)と日本では呼ばれるが、この名称は日本だけのもので、フランスでは「7月14日」という国民の休日となっている。この日は、1789年のフランス革命の発端となったパリのバスチーユ監獄襲撃事件が発生し、その一年後の1790年に建国記念日の式典が行われたことが「パリ祭」の起源となった。

パリ
7月14日
https://yuuma7.com/共和制フランス建国を祝う日「パリ祭」を訪れて/


 現代の紛争を起こすイデオロギーともなるナショナリズムは、このフランス革命によって生まれた。フランス革命を契機に共和政への道が開かられたが、国民には兵役の義務が課せられて国民軍が形成され、フランスという国家的枠組みに住む人々は「フランス国民(ネーション)」という自覚をもつようになり、フランス革命とその後のナポレオンによるヨーロッパ大陸制覇は、ヨーロッパにナショナリズムの潮流を広くもたらし、ドイツやイタリアではフランスに対抗しようとして同じ言語を話す人々による国家統一事業も生まれた。しかし、ドイツ、イタリアは国家の統一が遅かったために、政府による強引な方法で富国強兵策が図られ、普仏戦争や第一次・第二次世界大戦の要因ともなっていった。


 ベルギー生まれのシャンソン歌手のジャック・ブレル(1929~78年)は、1956年に「愛しかない時」という楽曲を発表したが、1956年はスエズ動乱、ハンガリー動乱があった年で、世界では大国の介入による戦争が繰り返され、核兵器で恫喝し合う冷戦の緊張も高まりを見せていた。ブレルの作品は反戦と愛を壮大に歌い上げるもので、2015年11月のパリ同時多発テロの追悼式典でも歌われた。偏狭なナショナリズムと独善的な正義へのアンチテーゼのメッセージをもっているかのようだ。

ジャック・ブレル Belgian singer-songwriter and actor Jacques Brel, Baarn, Netherlands, 1972. (Photo by Gijsbert Hanekroot/Redferns)

 人びとの対立や憎悪を乗り越える愛を強調するこの歌は同時多発テロの犠牲者を追悼する式典でも、チュニジア人の両親をもちフランス生まれで、イスラエルで育ったユダヤ人歌手のヤエル・ナイムをはじめとする3人の歌手たちによって歌われた。ヤエル・ナイムが選ばれたのは、宗教や民族、ヘイトを越えて融和しようという願いが込められていたに違いない。

世界が新型コロナウイルスの危機に直面し、命を守ることが強調されていても、ウクライナ、リビアなどでは戦争が継続する。いまこそ「愛しかない時」の意味するところに耳を傾けることが求められている。

下は加藤登紀子訳の「愛しかない時」である。


愛しかない時(抜粋)
愛しかない時
分かり合えることと
歌だけが
たった一つの救い
愛しかない時
光明を求めて
闘う人々に
手を差し伸べ
愛しかない時
軍隊の太鼓を説得するには
歌だけが
大砲に語ることができ
何も持っていなくても
愛の力だけで
私たちは手と手に
世界中の友と繋がることが出来る
日本語訳は http://lapineagile.blog.fc2.com/blog-entry-40.html より
アイキャッチ画像は島崎遥香
https://news.livedoor.com/article/detail/10747821/

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