岸田首相は核兵器のない世界に向けた機運を再び盛り上げていくと語っている。現実的な取り組みを世界に呼びかけるのだという。具体的には核不拡散の徹底や核保有国に核兵器削減・不使用の継続などを訴え、保有核弾頭数を公表していない中国を念頭に「核戦略の透明性」を呼びかけるという。また広島、長崎に世界の若者を招く基金創設を打ち出すなど国際的機運を高めたい考えをもっている。
核不拡散の徹底を図るというならば、岸田首相はアメリカに対してイスラエルがNPTに加盟するよう要求し、イラン核合意にアメリカを復帰させることを求めるのが筋だと思う。イスラエルは100発とも200発とも見られる核弾頭を保有し、アメリカのトランプ政権は国際的な合意であるイラン核合意から理不尽にも離脱した。岸田首相は北朝鮮の核の脅威に対抗するにはアメリカの核兵器が必要だと思っているのだろうが、それだったら北朝鮮と対話をして核兵器放棄を促し、核兵器禁止条約を日本としても参加して後押ししたほうが唯一の被爆国として日本の立場に多くの共感を得られるだろう。

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被爆国日本の広島や長崎の核兵器被害の実態を世界に知らせる努力こそが核廃絶のためには求められているのは当然だ。2003年に朝日新聞記者(当時)の伊藤千尋氏が俳優のダスティン・ホフマンにインタビューしたところ、ダスティン・ホフマンは、アメリカ人はアメリカが広島や長崎に原爆を落としたことは知っているが、その結果は知らないと語ったという。また、原爆投下以前に日本のほぼ全域とも言ってよいほど広範な地域に焼夷弾を落とし、日本の半分の人々、子供や民間人に原爆の数倍とも言える被害を与えていたことを知らないと述べた。ホフマンはそうした戦争の実態をアメリカ人が知らない限り戦争を止めさせることができないと語り、人々に戦争の実態を知らせる媒介としての映画の重要性を指摘した。(伊藤千尋「冷戦下、断絶と疎外の社会に変革を告げた~『サウンド・オブ・サイレンス』」論座、2021年8月14日)

https://ameblo.jp/yueki09/entry-12748187006.html
ダスティン・ホフマンは若い頃、広島の平和記念資料館を訪問した際に「広島、長崎の事を考えると、今でも心が痛い、ハリウッドの連中を全員、あそこに連れて行ってやりたいよ・・・アメリカのしてきた事を見せてやりたい。」と述べたとも言われている。
https://movies.yahoo.co.jp/movie/150773/review/19/

https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=230647204&fbclid=IwAR2enfG7pUaP3q1D1NjS8Afyf9_CQHD__sRUnPiGvTDqW48wXpm5aQwa1H4
世界の若者を広島・長崎に招く基金を創設するという岸田首相の構想はダスティン・ホフマンの主張にある程度沿うものなのかもしれない。特にアメリカやロシア、中国など核大国の若者たちに原爆被害の実態を学ぶ機会があれば核軍縮の動きに連動するかと思う。ホフマンが言うようにアメリカ人は第二次世界大戦で米軍が日本全土に焼夷弾の雨を降らしたことなど知らないか、意識していないことだろう。アメリカで暮らしていた時、日本に落とされた焼夷弾のことなどアメリカ人の口から聞かれることはなかった。ホフマンは伊藤氏の記事の中でテロを起こす人々の絶望的な気持ちを我々は理解しなければならないと語っているが、その理解がなく、戦争でテロリストを殺害しようとしてきたことがさらなるテロを招いてきた。ホフマンのような認識がアメリカの政治指導者たちにあれば、アメリカに対するテロはグッと減ることだろう。

https://mihocinema.com/kramer-vs-kramer-mvod-116310
ダスティン・ホフマンが主演した映画「卒業」の上映は1967年末、実質的には1968年だった。1968年はベトナム戦争ではテト攻勢があり、公民権運動の指導者のキング牧師、またベトナム反戦を唱えたロバート・ケネディの暗殺があり、アメリカ人の多くがベトナムで何が起きているかを理解し始めた時期で、戦争の悲惨さを知ることによって人々の意識は反戦に大きく舵を切っていった。ホフマンの発言に接するにつれ、核兵器の増強が進められ、また核兵器の使用を口にする政治指導者がいるということは日本の努力がまだまだ道半ばということを示していることなのかもしれない。
アイキャッチ画像はhttps://movies.yahoo.co.jp/movie/13239/ より
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