フランスの有名な冤罪事件であるドレフュス事件を描いた映画「オフィサー・アンド・スパイ」で描かれた冤罪の背景にはユダヤ人であったドレフュス大尉に対する差別があった。日本でも差別と冤罪の問題は、狭山事件などに典型的に表れていると訴えられてきた。
ドレフュス事件は1894年に始まり、1906年まで継続した。1894年夏、フランス軍参謀本部からパリのドイツ大使館に送り込まれたスパイが、フランス陸軍の人物が書いたと思われるフランス軍の機密に関する文書を発見した。参謀本部付の砲兵隊大尉アルフレッド・ドレフュス大尉は10月13日に逮捕され、1894年12月に軍の機密を敵対するドイツに漏洩した国家反逆罪として終身刑の有罪判決を受け、南米のフランス領ギアナ沖にあるディアブル島(悪魔島)に収容された。

彼が疑われたのは普仏戦争でドイツに奪われたアルザス地方出身のユダヤ人であるという理由が大きかった。反ユダヤ主義の新聞は「ユダヤの売国奴、逮捕さる!」などの見出しをつけて、ドレフュス大尉の逮捕を報じた。ドレフュス大尉は1895年1月5日に練兵場で軍服の襟の階級を表す徽章を外され、サーベルはへし折られた。
フランスでは、自由・平等・博愛を主張するフランス革命によってユダヤ人に対する差別は建前の上ではなくなったが、しかしユダヤ人に対する反感や差別感情は根強く存在していた。第三共和制(1870~1940年)の下では勤勉で、有能なユダヤ系の金融資本や産業資本が利益を蓄えていった。こうしたユダヤ人の経済的成功は、フランスの下層民や農民のやっかみを買い、それも反ユダヤ感情を形成することになった。

ドレフュス大尉が流された悪魔島が舞台
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1896年、新たに参謀本部情報部長になったジョルジュ・ピカール大佐は事件を調べ直し、ハンガリー出身のフェルディナン・エステラージー少佐がドイツ大使館の諜報員と連絡を取り合っているという情報を得て、筆跡鑑定を行ったところ、唯一の証拠である文書のメモと筆跡が一致することが判明した。ところが、陸軍大臣以下の軍上層部は、軍事裁判の権威を守るために、ピカールを中佐に降格し、さらにチュニジアに左遷して、エステラージーを不問に処した。
有罪判決を覆そうとする動きは当初ドレフュス大尉の家族などわずかだったが、後に首相となるジョルジュ・クレマンソーなどもドレフュス大尉を擁護し、彼が主幹する日刊紙「オーロール (L’Aurore) 」で文豪のエミール・ゾラが「私は弾劾する」というフェリックス・フォール大統領に宛てた公開書簡状が1898年1月13日付で掲載された。その中でゾラはドレフュス大尉がフランス社会における「汚いユダヤ人」という偏見の犠牲者であることを強調し、軍部の不正と虚偽の数々を非難・糾弾した。
1899年7月18日に「ル・マタン」紙が唯一の証拠であるドイツ大使館で見つかった密書の筆跡鑑定が再度行われた結果、筆跡はドレフュスではなくエステラージーのものであることが判明したとすっぱ抜くと、ドレフュス大尉の冤罪の主張に対する支持が広まっていった。

映画「オフィサー・アンド・スパイ」より
1899年8月にレンヌで軍法会議の再審が開始されたものの、ここでも無罪ではなく、情状酌量で禁固10年の判決となった。政府内の共和派はドレフュス救済に動き、再審請求を取り下げること、つまり有罪を認めることで、大統領特赦が与えられることになり、9月19日にドレフュスは釈放された。それでも彼は無実を訴え続け、1906年にようやく無罪判決が下された。しかし、フランス軍がドレフュス大尉の無実を認めたのは逮捕から1世紀余り経過した1995年のことであった。軍隊組織の体面がドレフュス大尉の無罪を頑迷なほど認めないことになっていた。
この事件の取材をしたハンガリー・ブタペスト生まれのユダヤ人ジャーナリストのテオドール・ヘルツルは、フランスに忠誠を誓ったドレフュス大尉がユダヤ人であるということだけで冤罪の濡れ衣を着せられたことに大きな衝撃を受け、小冊子『ユダヤ人国家』でパレスチナにユダヤ人国家を創設する思想であるシオニズムの思想を訴えた。ドレフュス事件は現在のパレスチナ問題の遠因になったともいえるだろう。

日本の佐山事件については多くの書籍、ウェブページなどが情報を与えているが、事件や再審請求の経緯、構造はドレフュス事件に酷似していることに容易に気づく。現在でもネトウヨの書き込みなどに見られる差別や偏見を解消するのは簡単ではないが、個人の自覚とともに差別を受ける社会への理解、また家庭や学校などにおける差別や偏見をもたせない教育が特に重要であることはいうまでもない。

アイキャッチ画像は映画「オフィサー・アンド・スパイ」
ロマン・ポランスキー監督
邦題に工夫があったほうがよかったと思います
https://longride.jp/officer-spy/
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