グレタ・トゥーンベリさんの活動があったり、過日紹介した女優のエマ・ワトソンもソーシャルネットで気候変動への危機感をしきりに訴えたりするなど環境問題は世界の重要な関心事になっている。
中村哲医師は澤地久枝さんとの対談『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』の中で、「人類がどんなに変化してもなくならないのは、農業という営みだと思うんですね。食べ物を作ることです。アフガニスタンは、それがじかに見えるところで、水さえあれば、これだけ豊かで平和な生活ができるという実証があれば、たいへんな力になると思います。」と述べている。(188頁)これは、過日紹介した中田正一氏の人間は農的生活に回帰していくだろうという観察に通じるものがある。
1930年代にアフガニスタンで農業指導を行った尾崎三雄氏によれば、アフガニスタンの農業で困ることは水がないことと、日照りが強いことだったからアフガニスタンで水がいかに貴重に思われているかは容易に想像できる。
アフガニスタンの人々は自然と人間の共生の仕方をよくわきまえているというのが中村医師の観察だったが、それでも中村医師が危惧を抱いていたのは、日々アフガニスタンの自然に接する中で感じる気候変動の問題だった。アフガニスタンでは氷雪が増えてもすぐさま消えてしまう、また洪水は頻発しているのに砂漠化の現象が進んでいるという危惧を抱いていた。中村医師によれば、アフガニスタン農業のうち70%は天水に依存するが、気候変動によって降雨が減り、2017年からの2年続きの異常少雨で天水に頼る農業は壊滅的になった。砂漠化による農業被害を放置しておけば、危機的状況がいっそう深刻になる。気候変動を克服するために、用水路をつくり、その技術を伝達するための「訓練所」を創設した。(『西日本新聞』2018年9月18日)

https://nypost.com/2021/08/06/drought-brings-food-crisis-in-afghanistan-after-us-troop-withdrawal/?fbclid=IwAR2JxOlD99uaR5of23JF_xOxZF6lAPPu7_uUUSrBEkmgBVY6Zula4E4WXiw
こうした観察が米軍にあれば、アフガニスタンの現在はまったく違うものになっていたことは間違いない。中村医師は同書の中で、米軍が水路を掘ったら、アフガニスタンは親米的な国になるだろうと述べているが、米軍は建設的なことはほとんどしないままアフガニスタンから去っていった。

https://specials.nishinippon.co.jp/tetsu…/contribution/14/
アメリカ・ノートルダム大学の研究で気候変動に脆い国ランキング182カ国中アフガニスタンは第8位だが、上位25か国のうち半数は紛争国となっている。中村医師が観察した気候変動による干ばつに加えてアフガニスタンでは長年の戦闘によって、耕作に従事できない土地が増加していった。国連によれば、アフガニスタンでは人口の3分の1が食料不足に直面している。それに加えて干ばつによって2021年には40%の収穫が失われてしまったとWFP(国際連合世界食糧計画)は見積もった。
ブラウン大学の研究では、2001年のアフガン戦争開始後、米軍は12億1200万メトリックトンの温室効果ガスを排出したが、2017年だけでも5900万メトリックトンの温室効果ガスを出した。それはスウェーデンやスイスの年間排出量を上回るものだった。
このように、戦争という営みには、食べるということと逆のベクトルが働いていることがわかる。それは、私たち日本人も先の大戦で経験したことでもあり、食料よりも軍事最優先の結果、国民には満足な食が行き渡らなかった。中村医師は日々のアフガニスタンへの観察から気候変動に危機感をもち、中村医師によって築かれた用水路は気候変動に対処する道をアフガニスタンの人々や世界に示すものでもあった。
アイキャッチ画像は「中村哲の源流(ルーツ)」展示会が、北九州市若松区 火野葦平資料館で開催されました。
https://plaza.rakuten.co.jp/10611/diary/202012070000/
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