死者は日本の民主主義に警告する

日本語記事
スポンサーリンク
Translation / 翻訳

 2019年11月28日、毎日新聞に「『ダッハウ』は過去か--独・収容所跡で考える 死者は警告する」という記事が掲載された。ダッハウ強制収容所は、ナチス・ドイツによって1933年ドイツ南部ダッハウに開所された強制収容所で、政治犯、精神的障害をもつ人々、ユダヤ人など20万人が収容され、4万3000人が毒ガスなどの犠牲になった。

ダッハウ収容所跡
https://www.britannica.com/place/Dachau-Germany


 同記事の中で東京女子大で歴史学を専攻する柳原伸洋氏はドイツの歴史教育の特徴を「民主主義がいかに成立し、失敗し、再生したか。そのプロセスを現在とのつながりの中で理解させるのが特徴です。一方、日本の歴史教育は『暗記モノ』の印象が強い。」と述べる。またダッハウ収容所跡にある「警告碑」には、「(収容者たちの遺体を焼いた)焼却炉は我々がここでどう死んだかを思い起こさせる」と刻まれ、この短い碑文に、柳原氏はドイツと日本の死者の役割の相違を見る。「“我々”とは死者を意味しています。ドイツ人にとって死者とは、今も抗議への参加権を持ち、生者に警告する存在です。日本の記念碑との違いを感じます」 (柳原氏)


 一橋大学学長などを務めた歴史家の上原專禄氏(1899~1975年)は、此岸(しがん:この世)における審判の主体として永存する死者もあるとした。そのような死者の例として上原が挙げているのは広島・長崎やアウシュビッツにおける虐殺の犠牲者であり、現在生きている者たちは死者の媒体となって、死者の審判を現世に活かしていかなければならないと説く。生者は死者がどのような心持であり、どのような意志や希望をもつかについて反芻しながら考察し、それを自らの指針として咀嚼することによって現代社会の中で実現させていくことを上原は主張した。まさにダッハウにある碑文が訴えるところだ。

上原専禄氏
http://e-satoken.blogspot.com/2013/07/2013711.html


 ウソ、隠蔽、ネポティズムがはびこる今の日本の政治を見て、戦後の民主主義や平和への道を切り開くことになった戦没者たちはいったいどう考えているだろうか。


「一器械である吾人は何も言う権利はありませんが、ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を国民の方々にお願いするのみです。」
(――慶應義塾大学から学徒動員され、特攻隊員として沖縄戦で戦没した上原良司の言葉。『きけ わだつみの声』に「所感」として収められている。)
 安倍首相は、今年の「全国戦没者追悼式総理大臣式辞」で「今、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは決して忘れることはありません。」と述べたが、日本の民主主義を偉大なものから遠ざけ、死者の声に誠実に応えているとは到底思えない。
アイキャッチ画像は吉岡里帆
https://aikru.com/archives/1151

日本語記事
miyataosamuをフォローする
Follow by E-mail / ブログをメールでフォロー

If you want to follow this blog, enter your e-mail address and click the Follow button.
メールアドレスを入力してフォローすることで、新着記事のお知らせを受取れるようになります。

スポンサーリンク
宮田律の中東イスラム世界と日本、国際社会

コメント

タイトルとURLをコピーしました