軍産複合体のアメリカと中東
1929年の世界恐慌からアメリカ経済が立ち直れたのは、ニューディール政策ということになっている。しかし、第二次世界大戦でアメリカの世界の兵器工場となって、ヨーロッパの連合国に供給したり、日本など枢軸国との戦争に用いたりしたことは、アメリカの軍需産業を肥大化することになり、アメリカはその規模を縮小できないままでいる。
平時においても、兵器システムの開発に莫大な予算がつけられていく。さらに、軍事費に莫大な予算をつけることは、軍需産業で働く労働者や兵士たちの雇用を確保するためにも必要なことである。

2003年のイラク戦争の背景に軍産複合体の意向があったことは確かだろう。アメリカの軍需産業は戦争がなければ、その生産ラインを維持できない。しかし、軍産複合体の意向で始められた戦争は、結局アメリカやヨーロッパに対して牙を剥く「イスラム国(IS)」の誕生をもたらし、アメリカ国民そのものの安全をも脅かすようになった。軍産複合体による利益の追求は、アメリカ国民の安全には役立っていないのだ。軍産複合体に依存するアメリカの経済構造や、軍産複合体のアメリカ政治に対する影響力が弱まることがなければ、アメリカは戦争を行い続け、他国に干渉し、その中で一般の市民が犠牲となり続けるだろう。私たちはこうしたアメリカの政治・経済・社会の仕組みを理解しなければならない。

アメリカのトランプ前大統領は、大統領選挙期間中、アメリカの製造業の不振を嘆いたが、軍需産業はアメリカの製造業の中で最も利益を上げる部門である。アメリカ人の雇用を確保するとトランプ前大統領が公約した以上、トランプ政権はこの分野の発展を考えていくことは明らかだった。
トランプ前大統領は選挙戦で陸軍や海兵隊の規模を拡大し、また海軍のために戦艦を、空軍には戦闘機を増やすと述べ、さらに核兵器の近代化を口にしていた。彼が選挙に勝利すると、ロッキード・マーティン、BAEシステムズ、レイセオンなどの軍需産業の株価は軒並み上昇した。
2014年のイスラエルのガザ攻撃中、アメリカはイスラエルのロケット防衛システム「アイアンドーム」に対して2億2500万ドル(およそ230億円)の拠出を決定した。ガザでの死者が2000人を超える中でアメリカのイメージを低下させるものであった。アイアンドームはイスラエルの軍事産業であるエリスラやラファエル社などの製造によるものだが、アメリカの軍需産業の大手レイセオンの部品が使われていて、アメリカの国家予算がガザ攻撃の中でアメリカの軍需産業の利益として還流する仕組みになっていた。アメリカはイスラエルのガザ攻撃中にイスラエル国内に米軍が備蓄している弾薬のイスラエルへの供与も承認した。
イスラエルの労働力の5分の1は軍事関連の産業に雇用され、米国の軍事テクノロジーはイスラエルでさらに発展し、世界に輸出されることになっている。ガザ攻撃が行われる背景にはこうしたアメリカやイスラエルの軍産複合体の意図があることは確かだったが、こうした構造はトランプ政権の下でより強化されたことは間違いない。
中東戦争と軍産複合体
1990年代、アメリカのネオコン(新保守主義)のシンクタンクは「軍の改革を成し遂げるには新たな真珠湾のような事件でも起きない限り長い時間がかかるだろう」と報告書に書き込んでいた。
ネオコンから見れば、2001年9月11日の同時多発テロは彼らが待ち望んでいた「新たな真珠湾攻撃」と思われた。
ラムズフェルド国防長官は、9月11日に「アルカイダが潜むアフガニスタンには良い標的がない、イラクを爆撃しよう」と言い出した。リチャード・クラーク大統領特別顧問はブッシュ大統領からアルカイダとサダム・フセインが少しでもつながりがないか調べろと指示を受けた人物とされる。ラムズフェルド国防長官は9月11日にイラク攻撃の指示を出す。
「大規模にやれ、関係があってもなくても -ラムズフェルド」
「情報機関から提出された証拠や収監中の人間の供述により、フセインがアルカイダのテロリストを支援し保護している事実がわかった。イギリス政府はフセインが大量のウランを入手しようとした事実をつかんでいる。 -ブッシュ大統領」(「オリバー・ストーンのアメリカ史 10」より)
こうしたねつ造はアメリカのいわば「伝統的」とも呼べるべきものだが、真珠湾攻撃後、ベトナム戦争の北爆の契機となったトンキン湾事件も「新たな真珠湾」としてねつ造され、1989年12月のパナマ侵攻の口実も米軍関係者たちが殺害や暴行を受けているというものだった。
トランプ政権のマイケル・フリン元国家安全保障問題補佐官は、2012年9月にリビアのベンガジでアメリカの領事館が襲撃され、アメリカ大使が殺害されると、その背後にイランがいると訴えた。もちろん、イランとリビアの武装集団とは関係がないが、フリンは自らのイランに対する敵意をそのまま真実であるかのように思い込んで発言した。

1983年にレバノン・ベイルートで米軍兵舎が自爆攻撃に遭い、241人の犠牲者の犠牲者が出たうちの220人が、トランプ政権のジェームズ・マティス国防長官が属していた海兵隊員だった。この自爆攻撃者はシーア派の民兵組織に属し、イラン革命に動機を与えられていたものの、直接イランが指示を出したかどうかは定かではない。しかし、マティス氏はイランに対して異様に厳格だった。
トランプが引き継ぐ対テロ戦争とアメリカの軍需産業の最大の「顧客」の国
アメリカの最大の敵は「テロリズム」だが、アフガニスタンやイラクの「対テロ戦争」では多くの市民が犠牲となってきた。
「対テロ戦争」では、アメリカはアフガニスタン、イラク、リビア、パキスタン、ソマリア、シリア、イエメンに軍事干渉を行った。
アラビア半島に位置するイエメンは日本ではあまり報道されていない忘れられた対テロ戦争の舞台だが、ここを2015年3月から空爆するサウジアラビアはアメリカの軍産複合体にとっては「上客」のような国だ。 サウジアラビアは2014年にIHSジェーンズによれば、インドを抜いて世界第一位の武器輸入国となった。サウジアラビアは、2014年に64億ドルに相当する武器を購入し、それは前年比で54%の増額であった。サウジアラビアとUAE(アラブ首長国連邦)を合わせると、86億ドルで、それは西ヨーロッパ全体の輸入額よりも多い。アメリカは依然として世界最大の武器輸出国で、2014年には237億ドルで、2位のロシアの100億ドルを大きく引き離している。

ボーイング社は2011年にカタール・ドーハに営業拠点を設け、ロッキード・マーティン社も今年これに続いた。ロッキード・マーティン社はその総利益の25%から30%を外国への輸出から得たい意向だ。いずれ日本も共同開発を進めるF35戦闘機にもアラブ諸国は関心をもつと考えられている。戦争によって利益を得たい軍需産業の思惑が中東の紛争を泥沼化させている。

アメリカもまたイエメンでアルカイダの指導者を2002年からドローンで攻撃してきたが、アメリカは2015年にサウジアラビアがイエメンを空爆するようになると、空中給油機でこれを支援したり、サウジアラビアに武器を提供するようになったりした。アメリカ国務省はサウジアラビアに対して12億9000万ドル相当の爆弾、また11億1500万ドル相当の戦車の輸出を認めたが、オバマ大統領が2009年に執務を開始してから、サウジアラビアには1、150億ドルの武器売却を行った。
イエメンは、ソマリアと並んでアラブ諸国の中では最も貧しい国で、2016年8月にユニセフのスポークスマンのモハメド・アル・アサッディーは、37万人の子供たちが栄養不良で、1、440万人が満足な食料を得ることができず、内戦が始まる前にイエメンは食料の90%を輸入していた。しかし、2015年4月にサウジアラビアがイエメンの港湾を封鎖すると、80%のイエメン人が国連の食料支援に頼っている。イエメン人の栄養状態は日に日に悪化している。
2011年から15年までの間、サウジアラビアの武器購入は2006年から10年の期間に比べると、275%増えた。さらにその後5年間アメリカ、イギリス、フランスからの輸入を増加させることが見込まれた。アメリカはさらにイエメンに関する軍事情報をサウジアラビアに提供していた。サウジアラビアはアメリカの武器輸出の9.7%、またUAEは9.1%を構成する。中東はアメリカの武器の総輸出の実に41%を占める。UAEは武器輸入を2006年から2010年の期間から、2011年から2015年の間に35%、カタールは同期間に279%、エジプトは37%増加させた。アメリカなど欧米諸国の湾岸アラブ諸国への武器輸出がこの地域の重大な不安定になっているが、この傾向は元将軍たちが政治の中枢に座るトランプ政権でも不変だった。
アメリカのイスラエルに対するFMF(Foreign Military Financing: 対外軍事融資)は、メルカヴァ戦車などイスラエル国産の兵器を製造する資金ともなっている。アメリカのFMFによるイスラエルへの資金援助は、イスラエルの軍事費全体の4分の1を構成するようになった。こうしたイスラエルへの多額の軍事援助で潤っているアメリカの軍需産業は、イスラエルに武器を輸出するボーイング、ロッキード・マーティン、ジェネラル・ダイナミクス、レイセオンなどである。親イスラエルのトランプ前政権はこの傾向に拍車をかけ、アメリカとイスラエルの軍事協力はいっそう進んだ。
北朝鮮の弾道ミサイルと世界の軍事費、日本
北朝鮮は、2016年9月、弾道ミサイルを発射し、3発が北海道沖の日本の排他的経済水域に落下した。弾道ミサイル発射成功に喜ぶキム・ジョンウン氏の様子もニュース映像で伝わったが、アムネスティ・インターナショナルの表現では「数百万人の国民が最悪の飢えを経験している」中で、弾道ミサイルと核兵器で対外的な危機を煽り、権力強化を図るというのは、言うまでもなく健全な政治指導者の姿ではない。北朝鮮は、GDPの4分の1を軍事費に充てる。北朝鮮のGDPは世界101位で、経済的に豊かな国とは全くいえない。

北朝鮮の弾道ミサイルや核兵器開発はわれわれ日本人の生活とも無縁ではないだろう。社会保障費の国民負担が増加する中で、安倍政権下では北朝鮮などの「脅威」に備えるという理由で防衛予算は伸び続け、年間5兆円を超えた。
軍事費の突出が教育や福祉を圧迫するという構造は、世界一の軍事大国のアメリカでも極めて顕著だ。
「危機」「緊張」「紛争」がある中で利益を上げるのは軍需産業で、一部の人々を潤すことにはなるが、市民全体の福利とはならないことはいうまでもない。
紛争や危機を絶え間なく望む軍産複合体の危険性は、アメリカ、またシリアを空爆するロシア、中東、そして私たちの日本を含む東アジアにも厳に存在する。
フランシスコ法王の軍産複合体批判
フランシスコ教皇が被爆地の広島と長崎を訪問し、核兵器の廃絶を訴えた。教皇は、日本人に向けたビデオメッセージで「日本は戦争が引き起こす苦痛についてよく知っている。あなた方と共に、私は核兵器の威力が人類の歴史において二度と行使されないよう祈る」などと語りかけた。
ローマ教皇は、2015年9月米議会で演説してサウジアラビアに武器売却を行うアメリカの軍需産業を念頭に、「対話と平和のために働くことは、世界中の武力紛争を鎮め、最終的に終わらせるために真に尽くすことでもあります。ここでわたしたちは、自らに問わなければなりません。個人や社会に計り知れないほどの苦しみを与えることを計画している人々に、なぜ凶悪な武器を売り続けているのでしょうか。残念ながら、皆さんもご存じのように、単にお金をもうけるためです。血にまみれたお金です。多くの場合、その血は無実の血です。この恥ずべき、そして非難に値する沈黙の中でこの問題に立ち向かい、武器売買を止めさせることは、わたしたちの責務です。」と語った。


トランプ前大統領は「なぜ使えない核兵器をもっているのか」などと述べ、また18年2月の核戦略の指針「核態勢見直し(NPR)」では、小型の核兵器の導入を目指すようになった。核兵器に投融資する金融機関の上位10位はすべて米国の企業で、米国は核兵器から巨大な利益を得ようとしている。(ICANによれば日本の7社も2兆円の融資を行っている)
また、トランプ大統領は、G20大阪サミットで、2019年6月29日にサウジアラビアのムハンマド皇太子と会談し、サウジが米国製の兵器を購入することがアメリカの100万人分の雇用を支援し、サウジアラビアのテロ支援の疑惑を払拭することになると語った。
とてもまともな精神をもっているとは思えない人が超大国アメリカを支配する中で、フランシスコ法王の呼びかけはとても貴いように思われた。
日本の軍産複合体
中村哲医師は、「嘘みたいな話ですが、1億円もあればカブールの人が全部助けられる。」と語っていたが(日経ビジネス)、ボストン大学のネタ・クロフォード政治学教授は、米政府が2019年までにアフガン紛争に費やした額を9340億~9780億ドルと見積もっている。これらの費やされた額はアフガニスタンの人々の人道支援に回らず、米軍の戦費に用いられ、アメリカの軍産複合体を潤しただけだった。
アメリカはアフガニスタンを民主主義国家にするといって軍事介入を行い、タリバン政権を崩壊させたが、軍閥が支配するアフガニスタンは民主主義とはほど遠い状態だった。アメリカが軍事介入を始めてからおよそ43、000人のアフガニスタン人が亡くなったと見積もられている。
防衛省から武器・弾薬など防衛装備品の受注している企業のトップは三菱重工で、1632億円で、調達総額の17%を占め、次が川崎重工の1913億円で12%を占める。防衛関連産業上位20社全体の受注額は約1兆1400億円で、72.4%を占める。
日本経団連の防衛産業委員会の委員長には、日本最大の企業である三菱重工業の社長が就任し、日本の防衛政策に大きな影響力をもった。経団連・防衛産業委員会が「悲願」としてきたのは、防衛関連予算(つまり軍事費)と「武器輸出三原則の緩和」で、軍需によって日本経済の底上げを考えることだった。
アイキャッチ画像はガザに着弾するイスラエルのミサイル
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