明日は「子供の日」。下は朝の連続ドラマ「花子とアン」でブラックバーン校長が秀和女学校を卒業式で卒業生たちに語った言葉だ。
「Glow old along with me. The best is yet to be.
我とともに老いよ。最上のものはなお後に来る。
If some decades later, you look back on your time with us here, and you feel that these were the happiest days of your life, then I must say your education will have been a failure.
今から何十年後にあなたがたがこの学校生活を思い出し、あの時代が一番幸せだった、楽しかったと心の底から感じるのなら、私はこの学校の教育が失敗だったと言わなければなりません。
Life must improve as it takes its course your youth you spend in preparation, the best things are never in the past but in the future.
人生は進歩です。若い時代は準備の時であり、最上のものは過去にあるのではなく、将来にあります。
I hope you pursue life and hold onto you hope and dream until the very end of journey.
旅路の最後まで希望と理想をもち続け進んでいきますように。」というものあった。
(「花子とアン」「さらば秀和女学校」)
学校を終え、このような校長の訓話の意味を噛みしめることができる者たちはまだ幸せかもしれない。あらためて日本の学童・学生たちにはこのブラックバーン先生の訓話の意味するところを理解してほしい。
過去も振り返ることができず、学校時代の楽しさも知らず、また未来に希望を託せない子供たちが中東のイエメンやシリアなど紛争国では多数いることを国際社会は忘れてはならない。
日本の童謡詩人の金子みすゞ(1903~1930年)の詩集がイランで2011年3月に翻訳されて出版された。ちょうど東日本大震災が発生した頃である。そのイランの翻訳者は「金子みすゞの詩は人間の詩」だと語った。イラン映画では子どもの目を通じて社会の問題を扱った作品が少なくないが、大人たちは子どもの純粋な心情を大切にするようにという想いも伝わってくる印象もある。「金子みすゞの詩は人間の詩」というのは、子どもたちの想いが人間社会における普遍的な問題の本質や核心に語りかけているということだろうか。

「こだまでしょうか」
「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。
「馬鹿」っていうと
「馬鹿」っていう。
「もう遊ばない」っていうと
「もう遊ばない」っていう。
そして、あとで
さみしくなって、
「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。

Is It an Echo?
Translated by Kunio Niizato
Whenever I say, “Let’s play together!” It’s always answers, “Let’s play together!”
And I say, “You’re crazy!” It answers, “You’re crazy!”
And then I say, “I won’t play with you!” It answers, “I won’t play with you!”
And so, afterwords, feeling lonely, I say, “I’m sorry!”
It also answers, “I’m sorry!”
Is it an echo? No, no. It’s everyone, each of us all!


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