イスラムを受け容れていた両大戦間期のヨーロッパ -ベルリン・モスクに集った文化人たちとコッボルド夫人

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Translation / 翻訳

 1929年3月に建立されたドイツのベルリン・モスクには、物理学者のアルベルト・アインシュタイン、ドイツ・ルター派牧師で、後に反ナチ運動組織告白教会の指導者となるマルティン・ニーメラー、作家のトーマス・マン、ヘルマン・ヘッセなどが訪れていた。


 ベルリン・モスクを建てたのは、イギリス・インド帝国のパンジャーブを拠点とするアフマディーヤだった。アフマディーヤは、1889年に北インドで創始された教えで、「ジハード」の意味を、武力を伴う戦いではなく、精神的な努力に限定する。アフマディーヤは人間のあらゆる事象における平和を尊重し、教育、寛容、慈善活動を重視するが、ベルリン・モスクでは、当時の哲学的課題に関する講義などが行われていた。ドイツは第一次世界大戦に敗北して、既存の社会・文化秩序に幻滅した人々の間では、精神世界においても新たな刺激を求めていた時代だった。


 第一次世界大戦後には、ヨーロッパ諸国の側に立って参戦したムスリムの移民たちが比較的大きな規模で見られた時期だった。ヘッセによれば、この時代は「魂の目覚め、神への憧れの燃えるような復活、戦争と苦痛によって高められた情熱」があった時代で、市民の側には既存の秩序の外にあったイスラムに対する知的な関心や好奇心があり、イスラムにはエキゾチックな魅力もあった。


「世の中に実に美しいものが沢山あることを思うと、自分は死ねなかった。だから君も、死ぬには美しすぎるものが人生には多々ある、ということを発見するようにしなさい。」 ―ヘッセ


 ヒューゴ・マルクス(Hugo Marcus:1880~1966年)はゲイのユダヤ人哲学者で、ポーゼン(現在のポーランド・ポズナニ)で生まれ、ベルリンで生活するようになり、1925年にイスラムに改宗し、アフマディーヤのベルリン・モスクのメンバーとなった。彼はゲイの権利拡大を訴えてもいたが、ゲーテ、ニーチェ、スピノザ、カントなどの哲学を論じながら、イスラムは「新人間」を構築するのに必要な要素であると説いた。マルクスは、イスラムが寛容な宗教であることを強調し、その教義は偏狭なナショナリズムや人種的偏見を超えることを可能にすると説いた。マルクスが所属したアフマディーヤは、宗教間の寛容と、人類の連帯を強調したが、すべての人々は人種、国籍、民族性に関わりなく、同じ神によって創られていると主張し、ユダヤ教、キリスト教、イスラムの類似性を強調し、モーセも、キリストも、ムハンマドもアブラハムの子孫であることを説いた。

ヒューゴ・マルクス
アマゾンより


 スコットランドの貴族出身のエヴリン・コッボルド(1867~1963年)は、1915年にイスラムに改宗し、1933年にメッカ巡礼を果たし、新聞は「イギリスで最初にメッカ巡礼を行った女性」と紹介した。1934年にドイツとの緊張が高まる中でイスラムは侵略の戦争を禁じているけれども、生活、財産、宗教的自由を守るための戦いを許していることを強調し、コーランの一節「神の道のために、おまえたちに戦いを仕掛ける者と戦え。しかし、度を越して挑んではならない。神は度を越す者を愛したまわない」(第2章190節)を紹介した。イギリス人女性がイスラムから当時の国際情勢を説明することは極めて稀なことであった。

エヴリン・コッボルド
https://zulheimymaamor.blogspot.com/2016/02/lady-evelyn-zainab-cobbold-1867-1963.html?fbclid=IwAR0NsHAJ6M8vItxSYtFmuTclzw5Ub-UM8Fwi5fD8wubsm83fW_gnCzIBCkU


 エヴリンのムスリム名はザイナーブで、父親は探検家、狩猟家、地理学者で、父親がカイロ滞在中に、イスラム文化に触れた。メッカ巡礼記を著し、巡礼(ハッジ)における女性の活動について詳しく触れている。西欧におけるイスラムの女性のステレオタイプ化を否定し、預言者ムハンマドは女性に対する敬意を説いたことを強調した。


 現在、ヨーロッパでイスラム・ヘイトが根強い中で、両大戦間期における西ヨーロッパのイスラムとの肯定的な関わりを思い起こすことは、ネガティブなイスラム観を変える可能性をもつもので、ヨーロッパの人々はマルクスやコッボルドの考えに触れる必要があるだろう。

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https://ameblo.jp/bvl5555/entry-12405543904.html
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